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同じ意味でも、温度は違う
言葉って、意味は近いはずなのに、少し違って聞こえることがあります。
「ケアテイカー」と聞いて、どんな人を思い浮かべますか。
介護に関わる仕事を想像する人もいれば、誰かを世話する人、支える人のように受け取る人もいるかもしれません。
最近その感覚にあらためて気づいたのが、「飼育員(ケアテイカー)」という表現を見たときでした。
もちろん意味はわかるし、間違っているとも思わない。
でも、「飼育員」と「ケアテイカー」では、同じ人を指していても見え方が少し変わる気がする。
- 飼育員:役割や職務を表す言葉に見える
- ケアテーカー:世話をするだけでなく、関係性や態度まで含んだ言葉に感じる
その違いが気になり、しばらく頭に残っていました。
日本語と英語では、受け取るニュアンスが少し違う

たぶんこういう違和感は、言語が変わるときによく起こるものなんだと思います。
日本語で自然に立ち上がるニュアンスが、英語にすると少し違って感じる。
逆に、英語では自然な言葉が、日本語では少し強すぎたり、説明っぽくなったりする。
それは単に翻訳の問題ではなく、その言語が何に輪郭を与えているかの違いなのかもしれません。
バリューカードを使ったときにも同じことを感じた
この感覚は、会社でバリューカードを使ったときにもありました。
バリューカードとは、価値観を表す言葉が書かれたカードを通して、自分や相手が大事にしているものを見つめるためのものです。
価値観を表す言葉を並べていく中で、日本語と英語ではニュアンスがぴったり重ならないものがいくつかあったんです。
訳としては合っている。でも、同じ温度ではない。
価値観を表す言葉ほど、このずれは大きいのかもしれません。
そこにあるのは単なる意味ではなく、その人が大事にしている感覚や態度そのものだからです。
このずれは、クライアントとの会話にも似ている
そして最近、このずれはクライアントとのやりとりにも近いと思うようになりました。
たとえば「シンプルにしたい」という言葉。
- クライアントは、情報を整理してわかりやすくしたいのかもしれない
- 制作側は、装飾を減らすことや要素を削ることとして受け取るかもしれない
同じ言葉を使っているのに、見ている景色が少し違う。
しかもお互いに通じている気がするから、そのまま進んでしまう。
クライアントワークの難しさは、こういうところにもある気がします。
デザインの仕事には「翻訳」が必要になる
デザインの仕事では、言葉をそのまま形にするだけでは足りません。
その奥にある意図に共感し、こちらなりに解釈して返すことが必要になります。
相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、背景にある感覚まで含めて受け取る。
そして、見え方としてどう整理し、整えるかを考える。
その行為は、ただの制作というより翻訳に近いのかもしれません。
ディレクターとプロデューサーの違いにも近い
最近は、その感覚がディレクターとプロデューサーの違いにも少し似ていると思っています。
- ディレクター:制作物をどう進めるか、どう整えるかを見る視点が強い
- プロデューサー:その判断が案件全体にどう作用するか、どうすればプロジェクトが成立するかを見る視点が強い
どちらも近い仕事だけれど、見ている範囲が少し違う。
それもまた、言葉の違いというより、見ている景色の違いなんだと思います。
どこに輪郭を与えるかで見え方は変わる
「飼育員」と「ケアテイカー」で感じた違和感。
ジブンカードを作ったときに感じた、日本語と英語の微妙なずれ。
クライアントとの会話や、ディレクターとプロデューサーの視点の違い。
全部ばらばらの話に見えて、たぶん根っこは同じではないでしょうか。
同じものを指していても、どこに輪郭を与えるかで見え方は変わる。
言葉は意味を運ぶだけではなく、その人が何を見ているかまで含んでいる。
だからこそ、相手の言葉をただ受け取るだけでは足りない。
その奥にある感覚や意図まで受け取り、必要なら翻訳し直すこと。
最近は、その行為そのものがデザインやディレクションの仕事にかなり近い気がしています。
同じ意味のはずなのに、同じ温度ではない。
その小さなずれは面倒でもあるけれど、同時に、人と仕事するおもしろさでもある気がしています。
言葉をそのまま扱うのではなく、その奥にある景色まで受け取ること。取りに行くこと。
最近は、その感覚を前より大事にしたいと思っています。
ほなね。